図書室あと地

褪せた灰桃色のカーペット。

Twitterを病み垢にして久しく、今日も元気に仕事の愚痴というか人生の愚痴を書き殴っていたら推しからリプをもらってしまった

「人生を充実させる行動以外取っちゃダメなの?」みたいなことを書いてるツイートにお返事をもらってしまって

正直私が暴れてるとき誰も声をかけてこないから、せいぜいいいね程度だから突然言葉をもらったことが申し訳なくて涙が出てしまった

相手が推しだったから尚更 最近1から夢に向かってまっすぐ頑張っている、私が応援してる人だから尚更、お目汚しすぎる 悪いことしてると思う

 

聞かれてないと思ってた、と言ったら嘘になる

誰かに見ててほしいからTwitterに書いてる iPhoneの日記アプリに抑え込めなくて、もうどこにも呟けないとなった今もわざわざここに来て記事にしてるくらい、私の言葉が誰かの目に触れてるかどうかをすごく意識して私は文章を書いてると思う

でも何だろう みんなこんなの流してるんでしょって思ってた

何ならみんなミュートでもしてるんでしょって 実際してる人はいるだろうし 全員じゃないのは知ってるけど

それが流されてなくて、私の駄目さの対極のようなとこでたたかってる人から言葉が届いてしまったとき私は、なんてものをこの人に見せてしまっていたんだろうと

申し訳ない 私のこんなツイートのために心を砕かせてしまって 文字の無駄だこんなの こんなもの見てないで自分の夢に向かって頑張ってくれ あなたにはそれがあるし、それができてるし

 

あと あと 外からの言葉を貰ったことで自分が今ストレスに 潰されそうになってることが 否応なしにわかってしまってもうどうしようもなかった

もう2週連続レッスン休んで今週まともに働いてなくて、認知行動療法みたいな本を読んでマインドフルネスとか久しぶりに思い出してこれやったらいいのかも、とか思って これでもましになったほうだと思っていたのにそれでもダメか

今週はもういい加減行かないといけないし他のレッスンの予定だってあるし 新しく始まっちゃった練習は、毎週日曜の22:00までスタジオが取ってあるって ばかじゃないの

参加は自由かもしれないけど参加しなかった人は参加した人に置いてかれるんでしょ

私8月は手術あるから行きたくてもいけないし 行きたくなるとも思えないけど

え、帰ったら1:00なんだって 月曜から普通に仕事だってば もう有休ほとんど残ってないし

みんなばかじゃないのそんなことして どれだけお芝居が好きなの どれだけ頑張れるの

ばかじゃないのって思っちゃう自分も嫌だ

新しく選んだほうこそ頑張りたいって決めたのに結局そうなってない

多分他のみんなとは体力が違う 気力が違う 1年前も思ったもん、早かったなって もう少し自分自身の心の回復を待つべきだった でも年齢とか他のタイミングはこれでも遅すぎるくらいで

それでもなんとかこなしたけどそれは土曜だったし、一番病んでた時期はリモートレッスンだったから何とかなったけど今年こそどうにもならなかった

もういいやって思ってた仕事の方だって できない自分やらない自分やろうとしない自分に堕ちていく感覚がきつくて これ以上駄目になりたくない 嫌いじゃない、上司にもこれ以上失望されたくないし

自分が社会人できてないのがわかるからそれもこわい どこまでもわがままに好き勝手に働いている

嫌な先輩だ 自分が腐ったミカンになる日が来るとは これは不可逆なんでしょうか この会社にいる限りずっと私はこうなんですか

声優なんて話になったのも、ひとつまみくらい、今の会社からまだ離れない方法を探した結果でもあって そのときまだ失くしたくないとおもった関係性とか まだできると思ってた役割とか そういうものもこの1年半の間で随分腐って爛れてしまったような気がする

ほんとに、楽しかった思い出のまま辞めてしまえばよかった

この人たちのおかげで心地いいなぁ、守りたいなぁとぼんやり思っていた環境、人、ほとんどなくなってしまったし

2個下の後輩からはほとんど感情がない

順当に、そろそろ私かなとか いつでも辞められるようにって考えながらASやってたけど 2階に戻って1年半 その感覚もずいぶん鈍ってしまった

そのタイミングでの手術騒動 急遽の引き継ぎ

もう辞めるなら今が一番ってくらい私固有の仕事がない

もらってるよ、あれ作る仕事 でも申し訳ないけど、これ言ったら本当に怒られると思うけどおもちゃ作ってる感覚しかない

おもちゃ作りに出社してるのほんとによくわからない

 

在宅やったら上司をいい感じに嫌いになれそうだし社会人やってる感覚になれるし もうずっとコレでいいんじゃないのって だめかな

上司の文章が本当に人格が複数ある 社長によく似た高圧的な細かいとこに神経通ってない文が来たかと思えば、「おっけー」みたいな返事も来て 電話すると常にいつもの調子で 誰とどの感じでコミュニケーション取ってるのかわからなくなるのすごく負荷

コレなら、これなら私わりとすぐ会社辞められそうなんだけど

 

 

落ち着いたので終わる

もしも、君にもう一度どこかで会えるとして、

こんな風に生きてきたよ、私なりに頑張ったよ

あのときはありがとう、そしてごめんねと

ちゃんと伝えることができるように、ちゃんと生きていこうと決めた

13年くらい前になるか もうありえないことかもしれないが

これからの私はどうしたらいいんだろうか

 

 

 

誰かが辛いとき、

そばにいられたらラッキーで、

助けになれることは稀で、

救えたとしたら奇跡に近い。

だから、ありがとうもごめんなさいも愛してるもさよならも、言えるうちに、伝わるうちに。

 

でもあのとき伝え損ねた、ありがとうやごめんなさいや、大好きだよやまた会おうねが

私を今の私にしていたりもする

 

あまりにも答えがないね、

今の生き方は、なにか壮大な自傷行為のようだと思うことがある

 

私の場合、充実して生きるためにはどうも支えがいるらしい

新しい服を買う理由、メイクを工夫する理由、健康に気を使う理由 できるだけ綺麗であろうとする理由 スキルを上げようとする理由 あらゆる努力をするには理由が必要

それがなければ何もする気にならず、ほんとうにただ生きているだけ、という状態に余裕でなれてしまう

理由というかモチベーションか

どこへも向かわない自分の未来はあまりにも渇ききっていて、本当に生きている意味が疑わしくなってくるから

とにかく私はどうにかして、今の状態ではない私を目指さなければいけない、そんな気だけがじりじり焦げている

 

やりたいことが苦しいけれど 多分やりたいことだからしがみつく それを手放したらまた支えを失うから

今取り組んでいることは、十中八九どころじゃない 十中九割八分九分は結果につながらない

ただ目指す間は、私はなりたい自分に向かって努力ができる

私は廃人に成り下がりたくなくて、それをひとつの理由にして今の状況にしがみついている

ただ、結果にならないかもしれないもののために心身を削って頑張る必要性はわからない

それでも、何もしない空っぽな自分に戻ることが怖いと思うから

自分を磨いている、ときどき痛めつけているような気になりながら

 

楽しくないわけじゃない、と思う

週末から月曜日にかけてはとても気分が良くなる

ただし反動も大きい

火曜には勝手に気分が落ちるとわかっているのに、何故か月曜の夜に病んでいる他人の動画を自分から見漁ってしまったり

水曜日くらいからもう土曜日が憂鬱だったり

逆にサザエさん症候群はすっかりなりを潜めている

月曜日はだいたい一番気分がいい

 

 

破壊衝動の歌がぴったりはまる心持ちだ

火曜日あたりから頭にくり返し流れる言葉たち

「人生は妥協の連続なんだ そんなこととうにわかってたんだ」

(この歌はあと80字 人生の価値は終わり方だろうから)

 

藍二乗 爆弾魔 思想犯 強盗と花束 又三郎

このあたりをきいていれば週の中盤まではテンションを保てる

木金あたりはいよいよ何聴いてもだめだったり

 

 

人生とはむこう50〜60年の暇つぶしで、私はその空白を埋めるものがなくて困っている

だから向こうから「終わりだよ」と言ってくれたら、それならそこで終わりでいいな、と思う

 

とはいえ「そういうことなら」と誰かが私を死なせようとしたら、その時はどうなんだろう

生きるモチベーションは低くても、死ぬモチベーションもこれまた低い

死ぬ気はないから、車通勤を怪我なく生きて繰り返している

 

生きることは苦しいこと、死ぬことは怖いこと。

 

 

どうして大学生の頃までは、向上心だけで生きていけたんだろう

今日より明日、自分が良くなればちゃんと報われるとでも思っていたのか 未来が見えてなかったからか

 

今はなまじ、このままいくとどうなるかわかってしまうから憂いのかもしれない

 

今の場所での仕事は楽しくて、とても楽しくて、仮にこのまま続くとしたら別にこんなに血迷わなくていいのだが

絶対に続かないのだ 私の意思に関係なく突然終わるのだ

仕事に注力しても、いいとこまで行ったら取り上げられるだけ

仕事をアイデンティティに加えてはならない

この感覚が他人にわかってたまるか

(100年経てば誰でも骨だ)

 

4回だ、4年目にして4回の異動

振り出しに戻るを踏む絶望がどんどん軽くなる

まぁ後半は出戻りみたいな異動だが

私は色んな部署へコロコロ移れる代わりに、どの部署も私がいなくても何の問題もなく回る

私の仕事というものは何処にもない

いや別に、誰が抜けても会社というものは回っていくだろうけど

ちゃんと実感できると、色んなことがどうでも良くなる

どうでも良くなると人に振ることに抵抗がなくなって、結果効率が良くなったりね、皮肉だ

管理職に必要なのは、仕事へのほどよい幻滅のような気がする

私がやってもしょうがないんだよなぁ、という感覚

仮にちゃんとならなくてもしょうがないや、という諦め

 

長いな、

この間日報に

【「この生活を続けたら死ぬ気がする」とクラスメイトが言っていて、私だけじゃないんだなと思った】

みたいなこと書いたら割と心配されたようだった

私にとってはどちらかというと生きる気力が湧いた出来事を書いただけなので、そんなに変なこと書いたかなぁという気持ち

 

だってそうやんね

心身がいかれているというのは前々からの事実で、

私だけじゃないというのが新しい気づき

 

何か持ちすぎているのはわかっており、何を捨てたらいいのかを考えている

そんなとき、何かを持ちすぎている人が周りの仲間にもいたら、なんだか励まされるじゃないか

カラフルな(に見える)生活のこと、なりたい自分、ときめきの話。

 

2人、ということのパワーはすごいんだなと思った。

趣味や嗜好の幅が広がる。共通なら深まる。掛かってる音楽とか、ラグとか壁掛けのデザイン、ゲームとか、置いてる調味料の種類とか。

とってもカラフルに見える。見えない見せない部分はあれど、2人で力を合わせて作っているんだなとわかる暮らしは、もし私が家庭を持てるならこんな風でありたいと思うものだった。

 

理想の2人、なんて言ったら失礼なんだろうな。カラフルな時間があればモノトーンな暮らしもあり、泥臭い寒々しい場面だって抱えている。と思うから。

その上に立っているきれいなところだけ見て、羨ましいなんて言うのは傲慢なのかもだ。

 

今ある生活を楽しんで、幸せに生きていくことを選んでいるひとは何だか眩しい。

私は今の環境に危機を感じて、今の自分が好きではなくて、このまま枯れてたまるかと、何とかかんとかもがいてしまう。

今に満足しながら、少しの「足りない」をだんだんと揃えながら生きていくのもありなはずで、そうやって生きている人もいる中で、なぜ私は。

破壊と創造みたいな、0か100かみたいな生きかたを選んでいるんでしょうか。

 

服の嗜好も音楽の趣味も、お気に入りの過ごしかたも、何に時間を使うか、どんな自分になるのか、あらゆることについて、

私はこうしたい、が結局見つかっていないこと。

人間性を育てるはずの思春期に、人間をサボってしまったツケ。

そういうものが廻ってきているんだろうね。

 

今は砂漠の真ん中にいて、立ち尽くせば間違いなく枯れる、だから進むものの、前がどっちか本当はわかっちゃいない。先がまともに見通せない中、歩くのも苦しい。

『砂漠の果てに咲く花』

なんて、植田真梨恵はよく言ってくれた。

 

https://g.co/kgs/KWZ2Px

 

 

さて、なりたい自分をかなえる手段としてのときめき、なんて邪なことを考えた。

周りの爛れたような話だったり、甘酸っぱ!な話を聞くにつけ、

私が今なにを思っても何の意味もないけれど、「恋をすると可愛くなる」部分だけ、しれっといただいてしまおうか、なんて。

恋を莫迦にすると痛い目を見るかね。

そんなことをしてでも、私は進んで行きたいのです。

ここじゃないどこかへ。

この願いにいつまで呪われつづけるんでしょう。

そうそう 私は今おおかたの人間を見下している

自覚があるので書き残していく

 

どこにある気持ちも きれいなものがない

 

日常はおろか 夢や希望までうすぎたなくて

それを改める気持ちも起こらない

 

やっぱり半年くらい冬眠したかった

生きることに対するやる気の低下

それに尽きる 逃走用のアドレナリンも切れてきた

結局逃げきれてないし

 

足掻いているのは、今のまま生きることに耐えられなかったから

働いて、休日は乾物みたいにじっとして

おしゃれとか、必要がないのでする気も起きない

メイクもいいや

会いたい人は昔からの友人 それもごくたまに

ほしいものは特になし

時々カラオケに行って、誰もきいてくれない歌を歌って

そういう 枯れたみたいな生き方がいやで

そしたら突然 道が分かれているのが見えた

だからそっちへ、進んでみようと思った

 

そのため、どうしても叶えなきゃいけないことは

相変わらず何ひとつ持ってない

別に投げ出してもいいといえばいい

また生きることに絶望するけど

そこから逃げるには夢がいる?

 

 

アイデンティティの瓦解 と書いて異動と読みます

逆かな どっちでもいい

みんな3年間で3回くらい経験してみればいい

自分というものが割とどうでもよくなる

 

テンションがさ

仕事上合わせなきゃいけない誰とも合わず

どこもかしこも いや居心地

合わせる気がなくなった私がたぶん悪い

いつからここまで性格が悪くなったかな

できればいい人間になりたくて 7年経ったらしい

諦めどきか

生きていけるんだろうか

 

はあ 滑舌