図書室あと地

褪せた灰桃色のカーペット。

兄弟の手紙(ショートストーリー)

「西の国 川べりの村 丘の上 弟ミオへ

元気にしていましたか。

もうどこへ行くか決めましたか。

そろそろ17になるから、国を出るのでしょう。

 


君が旅立つ前に、ぼくが知っていることを話します。

この世界にあるという掟の噂は、ほんとうでした。

 


17歳になったものから、生まれ故郷の国を出なければならないきまり。そして、二度と戻れないきまり。

大人の脅しだと思っていました。真っ赤な嘘ではないにしろ、何か抜け道くらいあるだろうと。

それで何年も試しましたが、一度だって帰れません。帰れた人にも今までひとりも会いません。だから、君は足掻かないほうがいい。ぼくが無駄にした時間を、もっとよいことに使って下さい。

 


ぼくは今、北の国にいます。このごろは毎日たくさん雪が降ります。山のてっぺんまで登ると、西の国の町や村の赤い屋根がきれいに見えます。

君が星の年齢をかぞえていたことや、君の描いた悪夢の絵が僕の気に入りだったことを思い出します。

ぼくは相変わらず歌うたいをしています。この国のいろんな場所で、いろんな人の前で歌います。そのとき、ぼくはこの声はどこにでも行くと信じます。国を越えて、きっと声だけはふるさとにも帰れるのです。歌が達者でよかったと思います。呼びかけても叫んでも届かない場所だって、歌ならばきっと、届きます。

 


それでは、どこへ行こうとお元気で。

またいつか、違う国で会いましょう。

北の国 初雪の町 街灯の下 タオ」

 

 

 

「北の国 初雪の町 街灯の下 兄タオに

拝啓 厳寒の候

兄さんにおかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

 


明後日発ちます。東の国の赤い森へ参ります。そこで国々のために働きます。

ご忠告ありがとう。私のことは心配いりません。覚悟を決めてきたことです。

 


兄さん、私はあなたほど夢を追って生きられる人間ではなかった。

星の歳を数えた私も、絵描きの真似事をした私も、国を出ることはありませんでした。

ここに全て置いて行きます。

 


これからの私が何をするのか、よくわかりません。

今までと何の繋がりもない場所に行って、何もない私から始まります。

 


約束できるのは、これからも兄さんの歌を好きでいることだけです。

お達者でいて下さい。落ち着いたらまたお手紙を出します。

敬具

 


西の国 川べりの村 丘の上 ミオ」

 

 

 

 


「北の国 初雪の町 街灯の下 兄タオに

拝啓

兄さん、お知らせが遅くなってごめんなさい。

東の国 赤い森 モクセイの下で暮らしています。

星がよく見えて、うつくしいところです。

宇宙図鑑を買いなおしてしまいました。あまり見る時間はないのですけれど。

 


こちらに移り住んで、ふたつ季節が去きました。

あらゆることが目まぐるしい日々でした。

でも国を発つ前、兄さんに手紙を書いたときの心持ちはちゃんと憶えています。

 


僕は中途半端だから、兄さんが歌をもってどこへでも飛び出していったようにはいきませんでした。外の世界へ出ても通じるものを、僕は持っていませんでした。

 


だから身ひとつで国を出ることになりました。かろうじて、大人になるために。崖の間を飛び移るように、命からがらの思いでした。

今までしてきたことは、結局何にもならずに僕の中から消えていくのだと思いました。

 


実際、こちらに来てしばらくは、昔の自分なんて思い出すこともありませんでした。

触れるものは、これまでと何もかも違って見えました。生まれなおしたような心許なさで、知らない世界を歩き回りました。

 


でも、気がついてみればそこには僕がいました。望遠鏡がなかろうと、絵なんてもう描かなかろうと。星に夢中になり、時間を忘れて筆を握った僕がいたことは、消えなかったのです。

今の場所では、僕と同じように働くひとが周りにたくさんいます。けれどその誰とも違って僕が僕でいるのは、あのとき置いてきたと思ったものが本当は自分の中にあったからです。

僕はこれに気がついたとき、ほんとうにこの続きを歩いていけると思えました。

 


だから兄さん、またきっと何処かで会いましょう。

帰れないことは寂しいですが、必要なものを僕たちはちゃんと持ってきました。

 


兄さんの歌が願う場所まで届きますように。

兄さんの近況もまた報せて下さい。

敬具

東の国 赤い森 モクセイの下 ミオ」