図書室あと地

褪せた灰桃色のカーペット。

最近のはなし

涙の数だけ強くなるというのは正確ではなくて、そのあとにちゃんと立ち上がるから、逞しくなれるのだと。

泣いて萎れて、涙を枕に吸わせて眠るだけの日々は心を湿らせていって、涙にまたあしたを言うだけなんだと、個人的な経験から思っている。

泣くって行為は私にとって疲れるばかりだ。

 

振り出しに戻る、を2年連続踏み続けている。

サイコロの目はどうあれ、みんなが前に進むその一歩。一方の私は3度目の「スタート」のマスに立たされた。

自分たちだって何も教わらなかった、って言われても、じゃあ貴方らの半年くらいの同行は何だったのと思ってしまっている。おんなじにしないでよ、って気持ちが手離せない。面と向かって言ってはいけないと自重する。

でも1年目で飛び立った彼らと違って私は3年目で、前知識もあって。どっちがより大変で無茶なことさせられてるかとか測れないし、そもそもそういうことではないんだろうな。

誰と比べても愚かだ。始まってしまったものに文句を言っているエネルギーこそ無駄だ。

今の自分の境遇に合ったやり方で進むしかない。

ただ、頑張り疲れている。

いまひとつ心に力が入ってくれないのは、私の怠慢じゃなくて疲れのせいであってほしい。

 

何のために仕事をしますか、何のために生きていますか。

自分の人生のための仕事です、

そう思い至ったことを発見と感じるくらいには、仕事に主導権を奪われている。

月額料金20万やそこらで提供する私の労働サービスは、ちゃんと粗利を乗せて売らなければビジネスにならない。原価のまま右から左へ流したら赤字だ。

ここでいう粗利とは、休日を楽しむ気力とか、仕事以外のことに力を入れる余裕とか。今回の異動でそこが確保できなくなっている。もともとはこの粗利を増やすべく、職場近くに小屋を移したはずだったのにね。

社長の商売人気質は社員の扱いにも響く。自己防衛せよ、さもなくば搾取は免れない。「期待」という言葉はきれいだけど、ようは労働単価の値下げ交渉だ。月額利用料はそのまま、今以上のパフォーマンスをしてほしい。経営者としては当たり前の要求だけど、素直に応えるだけではこちらのPLに🔺マークがついてしまう。

これは入社当時なら考えられなかった勘定で、2年目の経理業務が育てた感覚だ。社長の社員教育は成功している、効果が出すぎてみんながみんなの赤字に気づかないといいですね。

 

あ、こんな棘ばかり連ねるつもりではなかったけど。途中で色が変わるのも読みにくいから、別の話は別のページに書こうと思う。